2009年08月12日 :心に残った言葉
人久しといえども…

久方ぶりに
お寺にお参りさせていただく。
日達上人直筆の額がある。
「人 久しといえども百年には過ぎず
その間のことは 但だ一睡の夢ぞかし」

父は50歳足らずで逝った
私はもうとうにその年を超えている
「何をぐずぐずしているのだ!」
と叱られそうだ
心を正す
墓参りの日
2009年02月26日 :心に残った言葉
致知と父と母

皆様にどうしてもお伝えしたくて…
今日の致知のメルマガです。
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2008/2/26
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■『致知』から拾ったいい話
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<その1> 「日本の心」(作家・境野勝悟)より
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『蟹工船』という小説を書いた小林多喜二という作家がいます。
この人は戦前、思想・社会運動を取り締まる特高警察に検挙されました。
取り調べといっても実際には、竹刀やムチで打たれたり、
投げられたりする毎日で、
目は腫れ、口は裂け、髪の毛もずぼっと抜けるなどのひどい拷問でした。
多喜二はやがて東京・多摩の刑務所に入れられますが、
北海道の小樽にいる多喜二のお母さんに、
5分間だけ面会が許されることになりました。
字の読めないお母さんは、刑務所からの手紙を読んでくれた人に、
「5分もいらない。1秒でも2秒でもいい。
生きているうちに多喜二に会いたい」
と訴えました。
貧乏のどん底だったので、
近所の人になんとか往復の汽車賃だけを借りて雪が舞う小樽を発ち、
汽車を乗り継いで指定時間の30分前に刑務所に着きました。
看守がその姿を見て、あまりにも寒そうなので火鉢を持ってきました。
するとお母さんは、
「多喜二も火にあたっていないんだから、私もいいです」
と、火鉢をよたよたと抱えて面会室の端に置きました。
今度は別の看守が朝に食い残したうどんを温め直して差し出しました。
お母さんは車中、ほとんど食べていません。それでも、
「多喜二だって食べてないからいいです」
と、これも火鉢のそばに置きました。
時間ぴったりに看守に連れられて面会室に現れた多喜二は、
お母さんを一目見るなりコンクリートの床に頭をつけ、
「お母さん、ごめんなさい!」
と言ったきり、顔が上げられません。
両目から滝のような涙を流してひれ伏してしまいました。
わずか5分の面会時間です。
言葉に詰まったお母さんを見かねた看守が、
「お母さん、しっかりしてください。
あと2分ですよ、何か言ってやってください」
と言いました。
ハッと我に返ったお母さんは、
多喜二に向かって、この言葉だけを残り2分間繰り返したそうです。
「多喜二よ、おまえの書いたものは一つも間違っておらんぞ。
お母ちゃんはね、おまえを信じとるぞよ」
その言葉だけを残し、お母さんは再び小樽に帰りました。
やがて出獄した多喜二は、今度は築地警察署の特高に逮捕され、
拷問によりその日のうちに絶命しました。
太いステッキで全身を殴打され、
体に何か所も釘か何かを打ち込まれ、亡くなったのです。
もはや最期の時、特高がまだステッキを振り上げようとすると、
多喜二が右手を挙げて、しきりと何かを言っているようです。
「言いたいことがあるなら言え」
と特高が水をコップ一杯与えました。
すると、多喜二は肺腑から絞り出すような声で言いました。
「あなた方は寄ってたかって私を地獄へ落とそうとしますが、
私は地獄には落ちません。
なぜなら、どんな大罪を犯しても、
母親に信じてもらった人間は必ず天国に行く
という昔からの言い伝えがあるからです。
母は私の小説は間違っていないと信じてくれました。
母は私の太陽です。
母が私を信じてくれたから、必ず私は天国に行きます」
そう言って、彼はにっこり笑ってこの世を去ったのでした。
お母さんは、字はひらがなぐらいしか読めません。
したがって、多喜二の小説は一行も読んではいないのです。
しかし、自分の産んだ子は間違ったことはしていない。
かあさんはおまえを信じている、と言ってくれました。
そういうお母さんに対し、多喜二は「母はオレの太陽だ」と言ったのです。
ここにおられる女生徒の皆さん、
あなた方はあと十年もすれば愛する人を見つけて結婚なさると思います。
どうかそのとき、その愛した男性に対して
「お父さま」とおっしゃってください。
どうか「尊い人」と言ってあげてください。
男性も女性から尊い人と言われれば、本当に命をかけて、
あなた方の命の安全と幸福のために汗を流して頑張ります。
人間のこの父母である夫婦が尊敬しあい、
いたわりあわなければ、子供が健全に育つはずがありません。
だから、皆さんの世代になったら、
ぜひ日本人の母になってください。
カミ様になってください。
男の生徒さんは、たくましく、
優しい日本人の男になってください。
そして、だれも真似できない太陽を胸に輝かせた
自分というものをしっかり確立してください。
それが、皆さんの永遠の心棒です。
『致知』2000年5月号より
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2009年02月16日 :心に残った言葉
覚醒

宇宙全体(有りて在るもの)
すべてが私であり、あなたです。
あなたは私であり、私はあなたであり
そしてすべてです。
ありがとうございます☆
言葉で知っているここと
感覚で分かることは違う
感覚が入り
細胞が覚醒した。
セントレアにて
今野華都子
2008年12月25日 :心に残った言葉
不況に遭遇時にやること

盛和塾 稲盛和夫塾長のことば
「美しい心がないと経営はうまくいかない」
「利他の心」足るを知る、世界中の人がそれを受け入れる。
「動機善なりや私心なかりしか」を座標の中心におく
不況に遭遇時にやること
1、あらゆる無駄をなくし経費をけずる。→乗り越えた時、前より少ない経費でやれる。
2、営業に力を入れる。→トップが率先垂範し日本中、世界中を営業する。
3、新製品の開発→新製品の開発はもちろんだが、全員営業で旧来の商品で新たなマーケットを狙いなさい。
4、すべての面で創意工夫をし発展する芽を創る。
不況は強い「節」を作って伸びる。
そして、生き延びるのにふさわしい企業が残る。
2008年12月23日 :心に残った言葉
マザー.テレサ 愛の花束

マザー.テレサの活動が今ほど世に知られていなかったころ、マザー.テレサのところに全く砂糖が入らなくなり、毎日お世話をしている何千人もの孤児や病人に砂糖を分け与えることが」できなくなったときのこと。4歳の子供が3日分の砂糖を、自分が食べないでマザーに持って行ってあげたそうです。
この話をマザーは世界中で語りました。
マザー.テレサ 愛の花束
身近な小さなことに誠実に、親切に
中井俊巳 PHP文庫より
第1章 マザー.テレサ 愛と愛を学ぶ
「その子供がくれたものは、
それを私たちが貧しい人々に分け与えるときに、
計り知れないくらい大きなものとなって、彼らの手に渡るでしょう。
私はその子どもから本当に大切なことを学びました。
このおさない子どもは大きな愛で愛したのです。
なぜなら自分が傷つくまで愛したからです。
この子どもは私にどのように愛すかも教えてくれました。
大切なことは、いくら与えたかではなく、与えるのにどれだけの愛を注いだか、であると」
さらに言いました。
「あなたもそれを実行してください。
年老いた両親のために一輪の花をもっていったり、ふとんを整えてあげたり、
仕事から戻ってきた夫をほほえんで迎えてあげるだけでいいのです。
学校から帰ってきた子を迎えてやり、声をかけてあげてください。
今こういったふれあいが失われてきています。
忙しすぎてほほ笑む暇も、愛を与えたり、受け止めたりする暇もない、
そういう生活になっていませんか」
マザー.テレサ 愛の花束
身近な小さなことに誠実に、親切に
中井俊巳 PHP文庫より
2008年12月15日 :心に残った言葉
篤姫の言葉

心に残った言葉。
篤姫
「「人の幸せとは、地位や名誉、財産ではなく、
気の置けぬ友や家族たちとともに過ごす穏やかな日々の中にこそある」