今野華都子のキレイの素!~美しさは優しさを創る~

2007年11月29日

みかえり阿弥陀様

p_amida2-2.jpg臥龍廊下.jpg永観寺今野.jpg


京都永観堂をお訪ねしたときの写真が出てきた。
古来「秋はもみじの永観堂」とうたわれる永観堂。その季節に「もう一度と」思っていたが叶わなかった。

有名な「みかえり阿弥陀様」は、本殿が工事のため拝殿にござしゃいました。
いつもなら到底拝めない、間近で会わせていただきました。「有り難い事です」


以下ーーーーーーーーーー永観堂のHPよりーーーーーーーーーー
 伝説がある。東大寺開創供養の時、一老翁が捧げた阿弥陀像を宮中で祀りになっていたが、やがて東大寺に下賜された。(『東大寺要録』) この阿弥陀如来像は東大寺宝蔵に秘蔵されていたのだが、たまたま永観はその尊像を拝する機会があり、尊像の奥深いところから呼びかける声を聞いた。永観は衆生済度こそ、この仏の本願であり宝蔵にしまっておくのはもったいない、と嘆いた。これが白河法皇の耳に入り、永観が護持し、供養することとなった。後年、永観が東大寺別当職を辞して、尊像を背負って京に入る際、東大寺の僧がそれを取り戻そうと追いかけて京都の木幡まできたところ、尊像は永観の背に取り付いて離れず、僧たちはあきらめたと言い伝えられている。

 永保2年(1082)、永観50歳のころである。2月15日払暁、永観は底冷えのするお堂で、ある時は正座し、ある時は阿弥陀像のまわりを念仏して行道していた。すると突然、須弥壇に安置してある阿弥陀像が壇を下りて永観を先導し行道をはじめられた。永観は驚き、呆然と立ちつくしたという。この時、阿弥陀は左肩越しに振り返り、
「永観、おそし」
と声をかけられた。永観はその尊く、慈悲深いお姿を後世に伝えたいと阿弥陀に願われ、阿弥陀如来像は今にその尊容を伝えると言われている。


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永観寺.jpgえいかんじ2.jpg

今までもず~~とそうだった。

先に悟っ方達に教えていただいた。
でも、いくら追いかけても届かない。

「出来ない私を気遣い、待ってくださるそのお姿。

「いたらぬものを愛情深く待ってくださる そのお姿に何の言葉もありません」

「ただ ありがたく かたじけなく 存じます」

また会いに来させて頂きます。