2006年08月05日
植木も拾い子?
久しぶりの晴れ
こんな日は、洗濯のほかにも何かをしたくなってしまう。
植え替えながら
この木がうちに来たわけを思い出した。
数年前の12月のこと
近くの喫茶店が店じまいをした。
その店は、毎日の散歩コースにあった。
借家に主がいなくなり、
店前の軒端に、他の植木と、この金のなる木がおいてあった。
ある日、ほとんどの物が無くなったのに、この木だけが
「ぽつん」とまだ置かれていた。
「そのうち取りに来るのかな?」前を散歩するたび眺めていた
1週間たち、2週間たってもそのままだった。
その年は、寒さが早くやってきた。
寒さと霜とで、葉が少しづつ腐り始めて来た。
『このままだったら 死んじゃうかも」でも取りに来るのかも…
ついに3週間目になり
クリスマスイブになってしまった。
案の定、雪が降ってきた。
その日の雪はどんどん積もり大雪になった。
仕事が終わり 家に帰って急にあの木の事を思い出した。
「本当に死んじゃう」急いでいってみたら
半分腐りかけながらまだ頑張っていてくれた。
意を決し
「もう泥棒でもいい もらっていきます。」
雪を払い 持ってきた大きな袋につめて やっとのことでつれて帰った。
「ごめん ごめん もっと早く つれて来てあげればよかった」
凍傷にかかった 大きな枝を何本も 涙ながらに 切り落とした。
あれから良く 生きててくれた
もう大丈夫 立派になった。
込み入った葉っぱを 散髪
いろいろあったけど
[またず~と一緒に大きくなろう
これからも宜しくね。]
と話しかけた。
もうあの日が思い出せないくらい 暑い一日でした。
投稿者:今野華都子 | 23:17
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コメント
comments(5)
当に、「捨てる神あれば、拾う神あり」ってことですね^^♪
庭木の枝を落とすのに、涙ながらになる感覚は大切だと思いました。
ふえきのりさま
コメント有り難うございます。
そうですね。世の中はぐるぐる回って必要なこと(物)は落ち着くところに落ち着くのでしょうね。授かったものなので大事にしたいと思います。
大きな枝を切りながら涙する、そういう感覚が大事なのですよね。
お客様を想い、スタッフを想い、心からの愛情があって結果がだせて人を育てる事が出来る。
色々な事に感じる心を磨きたいです。
墨先生
いつもコメント有り難うございます。
よく見る、ゆっくりやる、感じる、感動する、心が気付くことがある。すべてはゆっくり丁寧にやるから生まれてきますね。
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